新型コロナウイルスパンデミックを通じて、mRNAワクチン技術は未曾有のスピードで開発・実用化され、公衆衛生の危機を収束させる上で重要な役割を果たしたとされてきました。
しかし、その技術開発の裏側で、ワクチン接種が変異株を作るとまでいわれ、安全性や長期的な影響に関する懸念、そして政治的な思惑が複雑に絡み合い、社会的な議論は依然として深い分断を抱えています。
本報告書は、2025年8月の米国における政策の方向転換に着目し、「令和日本」の夏の新型コロナ変異株ニンバスの流行にどのような影響を与え、また、公衆衛生、科学技術、そして社会の信頼にどのような課題を突きつけるのかを、多角的に分析します。
本報告書は、科学的ファクト、政治的レトリック、社会心理的な言説を厳密に峻別することを旨として、米国政府(連邦・州)の動向を詳細に紐解き、次に日本国内の現状と研究開発の展望を整理します。最後に、両者の状況を比較することで、「mRNAワクチンはいつまで続くのか?」という問いを、単一の答えではなく、技術の進化、政策の方向性、そして社会の受容性という複数の変数で構成される複雑な課題として捉え、今後の日本が取るべき戦略的展望を提言します。
連邦政府による「mRNA技術からの撤退」:HHS長官の政策転換

米国では、mRNAワクチンに対する連邦政府の姿勢に顕著な変化が生じています。米国保健福祉省(HHS)長官ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、生物医学先端研究開発局(BARDA)の下で進められていたmRNAワクチン開発への資金提供を段階的に縮小すると発表しました。この決定は、COVID-19公衆衛生緊急事態中に開始された投資の包括的な見直しを受けたもので、総額約5億ドルに上る22のプロジェクトに影響を与えています。契約の終了には、エモリー大学やTiba Biotechとの契約が含まれ、既存契約におけるmRNA関連作業の範囲も縮小されます。また、ファイザーやサノフィ・パスツールなどの提案も却下されました。
政策転換の理由
政策転換の公式な理由として、ケネディ長官は「データが、これらのワクチンがCOVIDやインフルエンザのような上気道感染症に対して効果的な防御に失敗していることを示している」と主張しています。この決定により、資金は、ウイルスが変異しても効果が持続する「より安全で広範な」ワクチン技術、特に全ウイルスワクチンや新規プラットフォームに振り向けられる方針が示されました。
各界からの反発
しかし、この方針転換は科学界や産業界、元政府高官から強い反発を招いています。ミネソタ大学の疫学者マイケル・オスターホルム博士は、この決定を「過去数十年で最悪の公衆衛生上の決定の一つ」と評し、元HHS高官や上院議員は、mRNA技術の放棄が「国家安全保障上の脆弱性」を生み出し、中国のような地政学的ライバルに技術的優位性を明け渡すことになると警告しています。ファイザーのCEO、アルバート・ブーラ博士は、mRNAワクチンは「人類史上最も広く利用されたワクチン」であるとし、HHSの「隠された安全性に関する懸念」という主張は「完全に不正確」であると反論しました。
政治的メッセージとなりワクチン反対が増加傾向
HHSの決定は、単なる研究開発予算の再配分にとどまらず、より広範な政治的メッセージとして機能している点が重要です。連邦政府がmRNA技術への投資を縮小するという行動は、州レベルの規制運動に、意図せずとも正当性を与える可能性があります。
連邦レベルの決定は、その理由が州レベルで主張される陰謀論的な内容(遺伝子組み換え、DNA汚染など)とは異なっていたとしても、両者が「mRNAワクチンは問題がある」という共通の結論に辿り着いたということです。この連邦政府の行動は州レベルの動きを無意識に強化し、mRNAワクチン反対の運動が拡大傾向にあります。
州レベルで加速する規制の動き:立法と科学的根拠の乖離

連邦政府の方針転換と並行して、米国の複数の州でもmRNAワクチンに対する立法的な動きが加速しています。ケンタッキー州、モンタナ州、アイダホ州では、mRNAワクチンの使用を禁止または一時停止する法案が検討されました。これらの法案は、「ワクチンがDNAや金属粒子で汚染されている可能性」や「長期的な安全性研究の欠如」をその根拠としています。特に、アイダホ州の法案(H.B. 154)では、mRNAワクチンの投与を軽犯罪と規定する条項が含まれていました。また、これらの法案の多くはmRNAワクチンを「ヒト遺伝子治療製品」として定義しようと試みています。
しかし、コロンビア大学のウェブサイトによると、モンタナ州の医療責任者であるダグラス・ハリントン氏は、公聴会で、mRNAワクチンがヒトゲノムに組み込まれたり、他の人に脱落したりするという主張は「虚偽」であり、その証拠はないと証言しました。同様に、アイダホ州の医師は、これらの法案が「遺伝子治療」の誤解に基づいていることを指摘し、将来の治療法開発を妨げると警告しています。
モンタナ州の法案は下院で否決されましたが、議論はいっそう深みを増し、将来の治療法とは何を意味するのかの疑問もわき出してきました。医療の歴史を遡って、考える時代が近いことを示唆した事例といえるでしょう。
日本の現状とmRNAワクチン戦略の展望

欧米やアジアで拡大してきた新たな変異株「オミクロンNB.1.8.1(ニンバス)」が日本に上陸し、感染が拡大しています。ニンバスは従来の変異株と同等の重症度を維持しながらも、感染力や拡散スピードが高いため、いっそうの警戒が必要です。現在の日本の状況は、社会の“慣れ”と新株の登場が交差する局面にあるといえます。
変異株「ニンバス」とは?
ニンバスはオミクロン株の変異株です。2025年1月末に初めて確認され、シンガポールや香港などアジアを中心に急速に流行が拡大しています。感染率が高く、これまでの感染やワクチンで得た免疫をすり抜けるといわれています。
症状と注意点
ニンバスの症状は、従来の変異株と同様に喉の痛みやせき、味覚・嗅覚障害、発熱、倦怠感、頭痛、呼吸困難、吐き気や下痢など、いわゆる一般的な体調不良によって起こる症状ですが、中でも「カミソリやガラスを呑み込んだような喉の痛み」が特徴的です。
継続する日本のmRNAワクチン体制と研究開発

米国におけるmRNA技術からの後退とは対照的に、日本は官民連携でこの技術の可能性に積極的に投資を継続しています。調査資料には日本の政策に関する直接的な言及は少ないものの、厚生労働省の資料は、今後の接種計画に関する検討が継続していることを示唆しています。
特筆すべきは、国内の科学研究の動向です。東京大学と第一三共株式会社は、マウスモデルを用いた研究で、変異株(オミクロンJN.1)に有効な次世代型mRNAワクチンの開発に成功しました。この研究では、従来のワクチンがスパイクタンパク質の全長を抗原として発現するのに対し、中和抗体の標的となる受容体結合ドメイン(RBD)のみを発現するmRNAワクチンを設計し、動物実験で有効性を確認しました。これは、パンデミックが収束した後も、変異株への対応能力を維持するための技術開発が国内で継続している明確な証拠です。
また、他の医学研究機関も、mRNAを応用した新技術の開発を進めており、軽微な副反応で複数回接種可能な「ワクチンプラットフォーム」としての可能性に期待を寄せています。理化学研究所もmRNAの品質評価法を確立するなど、技術基盤の強化に貢献しています。これらの動きは、米国が政治的な理由で投資を縮小する一方で、日本が独自に技術開発を継続していることを示唆しています。
将来的に世界のリーダーとなるか、その逆か
このことは、将来的にパンデミック対応における日本の戦略的な優位性につながるでしょう。そして、日本がこの技術の主導権を握ることで、国際的な公衆衛生におけるリーダーシップを発揮するかも知れません。
しかし、逆の見方をすればパンデミックがあるかどうかは分かりませんし、人為的に起こすのかも知れないとの陰謀論もにぎやかです。そろそろ自然との関わり方や医療行為自体を見直す時期にきているため、一方向だけへの投資が、国家にとって取返しのつかない結果とならないよう祈るばかりです。
日本国内の「懸念」と社会的議論の構造

米国における法案提出の動きや、それに伴う誤情報と同様の主張は、日本国内でも見られます。市民による陳情書などには、新型コロナmRNAワクチン接種後に超過死亡や健康被害が増加しているとの主張や、「DNA混入による危険性」「半永久的なスパイクタンパク質の生産」「ゲノム改変」といった科学的根拠に乏しい懸念が記載されています。
しかし、これらの主張は、多くの公衆衛生機関や専門家によって否定されました。副反応は通常、一過性で、ほぼ1週間以内に消退するとのことですが、接種後すぐに死亡した事例は看過できません。また、妊婦や授乳婦に対する科学的なデータが不足しているという指摘もあり、これは安全性に関する科学的知見のギャップが、不信感を生む一因となっていることを示唆しています。
日本国内の議論は、パンデミック初期の未知への恐怖や、ワクチンの副反応を経験した個人やその周囲の人々の体験談によって形成されています。すなわち、現実なのです。現実を無視することはできません。米国で広まった政治的な動きが、日本の政治にどのように波及していくのか注視する必要があるでしょう。
日米比較分析と「情報鎖国日本」の進むべき道

政策決定プロセスの比較:政治主導 vs 行政主導
日米両国におけるmRNAワクチンを巡る政策決定プロセスは、その構造において明確な対照を示しています。米国では、トランプ大統領就任と共にWHOを脱退し、USAIDへの資金停止など、これまでの医療行為への積極的な見直しがスタートしました。そして、新型コロナに対する疑念とmRNAワクチン接種による子どもへの影響や副反応被害を重く見た連邦政府と州政府が公衆衛生政策に直接影響を与えました。
一方、日本は、専門家会議と行政機関(厚生労働省)が主導する、より行政主導的かつ漸進的な意思決定プロセスが主流です。このアプローチは政策の安定性をもたらしますが、社会的な不信感や市民の懸念が高まった際に、柔軟な対話や情報共有の仕組みを確立することが課題となります。
mRNAワクチンはいつまで続くか?
「mRNAワクチンはいつまで続くのか?」という問いは、技術、公衆衛生、社会の三つの観点から多角的に捉えることで、より本質的な回答を得ることができます。
- 技術としての未来: 予防接種の枠を超え、がん治療やインフルエンザ、その他の感染症対策における「万能プラットフォーム」としての可能性が科学界では高く評価されています。この技術の進化は、今後も継続する可能性が高いでしょう。
- 予防接種としての未来: 新型コロナウイルスパンデミックが終息し、ワクチン接種が季節性インフルエンザと同様の定期接種へと移行する中、「いつまで?」という問いは「どのように制度化するか?」という問いへと変化します。日本の行政は、季節性インフルエンザのような枠組みでmRNAワクチンの接種を継続する可能性が高いでしょう。しかし、国民も賢明になってきているため、接種率の低下は避けられません。
- 社会的な未来: 技術の継続性とは別に、「社会の信頼」という観点では不確実性が残ります。米国で繰り広げられる政治的議論や情報が日本に流入し、社会的な分断と日本の国家としての孤立を深める可能性があるためです。技術そのものの問題ではなく、それを取り巻く言説や社会の構造が、将来的な受容性を左右することになります。
日本が取るべき戦略的展望

日本が将来にわたって公衆衛生の安全を確保し、技術的優位性を維持するためには、以下の三つの戦略的展望を追求すべきです。
- コミュニケーションの強化: 専門家や行政は、国民の声に少しは耳を傾けるべきでしょう。SNS等で拡散される情報は玉石混淆ですが、黒塗りのデータではなく、ありのままのデータを提示しておけば、誤情報は拡散されないはずです。誤魔化そうとするからイジられている現状を認識して、まずはコミュニケーション能力を磨くことが急務でしょう。
- 独自の技術基盤の確立と国際連携: 米国の動向がすべてではありませんが、世界的な潮流を見極める必要があるでしょう。特定の人物や団体の圧力に左右されない、独自の安全性の保障された技術開発を進めるべきです。医療行為がただのビジネスに成り下がらないよう、仁術として世界に知らしめるために尽力するときです。そのリーダーシップを執れるのは日本以外にありません。
- 制度設計の透明性: これまでの精査な情報開示はもちろん、より透明性の高い情報公開と、市民が参加できる対話の場を設けることが、長期的な信頼構築につながります。客観的なデータと人々の主観的な体験の両方に耳を傾ける姿勢が、社会的な分断を和らげ、国家の安泰の礎となります。
引用文献
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- 新世代ワクチン最新動向―mRNAワクチン、レプリコンワクチンの現状と今後 – マーケティングブログ, 8月 26, 2025にアクセス、 https://www.powerweb.co.jp/blog/entry/2025/01/15/100000
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