石破茂総理大臣の仰っていた七面倒臭い日本語についての解説コラムです。そもそも七面倒臭いことが日本なのであって、七面倒臭いからこそ他国の追随を許さない高い技術で世界の経済界をリードし、高貴な精神性で世界の範となってきたのではなかったでしょうか? よく考えて喋りたいものです。
このセクションの語句は、感情が引き起こす音声(舌打ち、歯噛み、くちばしを鳴らす)や呼吸(固唾を呑む、欠伸を噛み殺す、吐息をつく、息をこらす・息を殺す)の微細な変化を言語化しています。これらの表現は、感情が身体の生理的機能に与える影響を言語化し、内面的な状態を間接的に伝える日本語の豊かさを示しています。
舌打ちや歯噛み、固唾を呑むといった表現は、不満、苛立ち、緊張、期待といった強い感情の無意識的な生理的反応です。また、「欠伸を噛み殺す」や「おくびにも出さない」は、感情や生理的欲求を外部に表出させない「抑制」の側面を強調します。この抑制と表出のバランスが、日本語の感情表現の深みを形成しています。
日本語表現の奥深さと本報告書の目的
日本語における身体表現、感情、そして伝統的な装いに関する言葉は、単なる語彙の集合体を超え、日本人の身体感覚、感情の機微、美意識、そして社会規範を深く映し出しています。これらの言葉は、具体的な動作や状態を通じて、抽象的な心理や文化的な価値観を表現する独自の豊かさを有します。本報告書は、これらの語句が持つ多層的な意味合い、歴史的変遷、そして現代における用法を、辞書学的な厳密さと文化言語学的な洞察をもって包括的に分析し、その深層を解き明かすことを目的とします。
【やまとことば】感情・声・呼吸の慣用句一覧表
以下に、本セクションで解説する感情・音声・呼吸慣用句と、それが表現する状態をまとめた表を提示します。
慣用句 | 主要な部位 | 主要な意味 | 表現する感情・生理的状態 |
舌打ちする | 舌 | 舌を鳴らす音を出す | 不快、不満、苛立ち、失望、軽蔑 |
歯噛みする | 歯 | 歯を食いしばりきしませる | 悔しさ、怒り、無念、不満 |
くちばしを鳴らす | 口 | 偉そうにしゃべる、口論する | 不満、不平、傲慢、口論 |
固唾を呑む | 口 | 緊張して息をのむ | 緊張、期待、不安、息をのむ |
欠伸を噛み殺す | 口 | 出そうな欠伸を必死に我慢する | 疲労、退屈、礼儀、抑制 |
おくびを吐く | 口 | げっぷをする、隠し事などを口にする | げっぷ、本音の漏洩、秘密の暴露 |
おくびにも出さない | 口 | 隠し事を全く口にしない | 秘密保持、感情の抑制、平静 |
吐息をつく | 息 | ため息をつく | 安堵、疲労、失望、憂鬱 |
息をこらす・息を殺す | 息 | 息を止める、気配を消す | 緊張、集中、隠れる、静寂 |
忍び泣く | 涙 | 人に気づかれないように静かに泣く | 悲しみ、苦悩、抑制された感情 |
さめざめ泣く | 涙 | 声を上げてとめどなく泣く | 悲しみ、号泣、感情の爆発 |
むせび泣く | 涙 | むせびながら泣く | 悲しみ、苦しさ、嗚咽 |
せぐり上げる | 息 | 泣きながら呼吸を乱す | 嗚咽、激しい悲しみ、呼吸困難 |
含み笑い | 笑い | 口を閉じて笑う | 嘲笑、得意げ、秘密の共有 |
片頬笑い | 笑い | 片方の頬を上げて笑う | 嘲笑、軽蔑、冷笑、不敵さ |
【やまとことば】感情・声・呼吸の詳細解説

舌打ちする (したうち する)
不快、不満、苛立ち、失望などの感情から、舌を鳴らす音を出すこと。不機嫌な気持ちや、相手への軽蔑を示す際に用いられます。舌を鳴らすという生理的反応が、特定の感情表現として定着したものです。
日本では一般的にネガティブな感情の表出として認識され、無礼な行為と見なされます。舌打ちという生理的反応が、不満や苛立ちといったネガティブな感情の表出として機能するからです。これは、感情の抑制が重視される日本社会において、それでも漏れ出てしまう本音の表現として重要です。
例文: 彼の不誠実な態度に、思わず舌打ちしてしまった。
歯噛みする (はがみ する)
悔しさ、怒り、無念などの感情から、歯を食いしばり、きしませる音を出すこと。感情を抑えきれない状態や、強い不満を表します。例えば、努力が報われずに敗北した選手が、悔しさのあまり歯を食いしばる様子に用いられます。
感情が高ぶった際に、無意識的に歯を食いしばる生理的反応を捉えた表現です。特に、悔しさや怒りを内に秘めつつも、身体にその感情が表出する様子を描写します。歯噛みは、感情の抑制と表出の境界線にある行為であり、内面の強い感情が身体に現れる様子です。これは、言葉にできない感情の強さを身体で示す日本語の特性を補強します。
例文: 彼は試合に敗れ、悔しさで歯噛みした。
くちばしを鳴らす (くちばし を ならす)
偉そうにしゃべる、不平不満を言う、あるいは口論する様子を指します。特に、他人の意見を聞かずに自分の主張ばかりをする傲慢な態度や、不満をぶちまける際に用いられます。
鳥がくちばしを鳴らすように、やかましく口を動かす様子から転じた表現です。しばしば軽蔑的なニュアンスを伴います。この表現は、言葉が持つ音のイメージが、その言葉が表す行動の性質(やかましさ、傲慢さ)と結びついていることを示している。特に、無駄に口を動かすことへの批判的な視点が込められています。
例文: 彼はいつも自分の意見ばかりで、人の話も聞かずにくちばしを鳴らしている。
固唾を呑む (かたず を のむ)
緊張や期待、不安などから、息をのんで静まり返る様子。唾を飲み込む音さえも聞こえないほどの静寂と緊張感を表現します。例えば、スポーツの試合で勝敗が決まる瞬間、観客が固唾を呑んで見守る様子に用いられます。
「固唾」は、緊張によって口の中にたまる唾液を指し、それを飲み込むことさえ意識されるほどの緊張状態です。この表現は、極度の緊張状態や、重要な局面における期待感を、身体の生理的反応(唾を飲み込む)を通じて表現しています。これは、言葉にならない感情を、身体的なサインで伝える日本語の豊かさを示しています。
例文: 超満員の観客が固唾を呑んで見守るなか、試合の最終局面を迎えた。
欠伸を噛み殺す (あくび を かみころす)
出そうになった欠伸を、失礼にならないように必死に我慢する様子。疲労や退屈、あるいは礼儀を重んじる状況で、生理的欲求を抑制する際に用いられます。例えば、長時間の会議で眠気が襲ってきた際に、周囲に気づかれないように欠伸を噛み殺します。
「噛み殺す」は、歯を食いしばって口が開くのを抑える意で、「笑いを噛み殺す」などとも使い、感情や生理的欲求を外部に表出させない「抑制」の側面を強調する表現です。これは、日本文化における礼儀作法や、感情を露わにしないという社会規範が、個人の生理的反応に影響を与えている一例でもあります。
例文: だらだらと続く来賓のあいさつに、私は欠伸を噛み殺していた。
おくびを吐く (おくび を はく)
げっぷをする、あるいは隠し事や秘密などをうっかり口にしてしまうことを指します。後者の意味では、本音や隠していた感情が漏れ出る様子を表現します。
「おくび」はげっぷのこと。物理的なげっぷから、内面に秘めていたことが意図せず口から漏れる比喩へと転じました。この表現は、感情や秘密の「漏洩」という側面を持ち、特に、隠し事をしていたにもかかわらず、不注意でそれを明かしてしまう状況で用いられます。
例文: 彼はついにおくびを吐いて、秘密を明かしてしまった。
おくびにも出さない (おくび にも ださない)
心の中に思っていることや、隠し事を、少しも口に出さないこと。感情や秘密を完璧に抑制し、平静を保つ様子を意味します。例えば、どんなに辛い状況でも、一切弱音を吐かずに耐え忍ぶ姿に用いられます。
「おくびを吐く」の否定形であり、内面に秘めた感情や秘密を徹底的に隠すことを強調します。感情や生理的欲求を外部に表出させない「抑制」の側面を強く強調する表現です。これは、日本文化における感情の抑制や、本音と建前を使い分けるコミュニケーションスタイルが、言語表現に深く根ざしていることを示します。
例文: 彼女はどんなに苦しくても、おくびにも出さず、黙々と仕事に取り組んだ。
吐息をつく (といき を つく)
ため息をつくこと。安堵、疲労、失望、憂鬱など、様々な感情が原因で、深く息を吐き出す動作を指します。例えば、困難な仕事が終わり、ホッと一息つく際に用いられます。
感情が高ぶった際に、無意識的に深く息を吐き出す生理的反応を捉えた表現です。感情の種類によって、ため息のニュアンスも異なります。この表現は、感情が呼吸という生理的機能に直接的に影響を与え、その人の内面的な状態を間接的に伝えます。安堵感から来るもの、疲労困憊から来るもの、あるいは失望や憂鬱から来るものなど、文脈によって多様な感情を表現します。
例文: 彼は長時間の会議を終え、深く吐息をついた。
息をこらす・息を殺す (いき を こらす・いき を ころす)
息を止めて、音を立てないようにすること。緊張、集中、あるいは隠れるために、自分の気配を消す様子を意味します。
「こらす」は凝らす、「殺す」は消すという意味で、いずれも呼吸を意識的に制御し、静寂を保つことです。極度の緊張や集中、あるいは身を隠す必要性がある状況で用いられ、身体の生理的機能(呼吸)を意識的に制御することで精神的な集中や、周囲への影響を最小限に抑えようとする意図を表現します。これは、環境への適応や、他者への配慮が行動に現れる日本語の特性を示しています。
例文: 敵の気配を察し、兵士たちは息を殺して身を潜めた。
忍び泣く (しのびなく)
人に気づかれないように、静かに泣くこと。悲しみや苦悩を内に秘め、表には出さないようにしながら涙を流す様子を指します。
「忍ぶ」は、人目を避ける、隠れるという意味。感情を直接的に表出させず、内面に秘めることを美徳とする文化において、深い悲しみや苦悩を表現する際に用いられます。この表現は、感情の抑制が重視される日本文化において、それでも抑えきれない悲しみが、ひっそりと表出する様子を繊細に描写しています。これは、感情の奥深さと、それを表現する際の抑制の美学を示しています。
例文: 彼女は人前では気丈に振る舞ったが、夜一人になると忍び泣いた。
さめざめ泣く (さめざめ なく)
声を上げてとめどなく泣くこと。悲しみや苦しみが深く、感情が抑えきれずに涙を流し続ける様子を指します。
「さめざめ」は、涙がとめどなく流れる様子や、声を上げて泣き続ける様子を表す副詞です。感情が爆発し、抑制が効かない状態を表現します。この表現は、感情の爆発的な表出を示し、忍び泣くとは対照的です。感情を抑えきれずに涙が溢れ出る様子を強調し、その悲しみの深さを伝えます。
例文: 彼は故郷を離れる日、駅で母親とさめざめ泣いた。
むせび泣く (むせびなく)
むせびながら泣くこと。悲しみや苦しさのあまり、呼吸が乱れ、声が詰まりながら泣く様子を指します。
「むせぶ」は、感情がこみ上げて息が詰まる様子や、涙や痰で喉が詰まる様子を指します。感情の激しさが呼吸器系に影響を与え、苦しさを伴う泣き方です。この表現は、悲しみが身体の生理的機能(呼吸)にまで影響を与え、その苦しさが外に現れる様子を捉え、感情の強さと、それが身体に与える影響を具体的に描写しています。
例文: 彼女は失われた命を悼み、むせび泣いた。
せぐり上げる (せぐりあげる)
泣きながら呼吸を乱し、嗚咽する様子。激しい悲しみや苦しさのあまり、しゃくり上げるように息を吸い込む動作を指します。例えば、激しい怒りや悲しみで、息が詰まりそうになりながら泣く様子です。
「せぐる」は、激しくしゃくり上げるように泣く、あるいは呼吸が乱れる様子を指します。感情の極限状態において、身体が制御を失い、生理的な反応が顕著に現れることを表現します。感情の激しさが身体全体に波及し、呼吸器系にまで影響を与える様子を強調し、身体がその感情に圧倒されている状態を示します。
例文: 幼い子供は、母親に叱られてせぐり上げて泣いた。
含み笑い (ふくみわらい)
口を閉じて、声を出さずに笑うこと。しばしば、相手を嘲笑する、あるいは何かを企んでいる、得意げな気持ちを隠しているといったニュアンスを伴います。例えば、他人の失敗を見て、あからさまに笑わず、口元だけで笑うさま。
口を閉じて笑うという動作が、感情を直接的に表出させず、内面に秘めることを示唆し、嘲笑や優越感、秘密の共有など、様々な感情を間接的に表現しています。笑いという行為が、その表出の仕方によって、ポジティブな感情だけでなく、ネガティブな感情や隠された意図を伝える手段となることを示しています。
例文: 彼は友人の冗談に、含み笑いを漏らした。
片頬笑い (かたほわらい)
片方の頬を上げて笑うこと。しばしば、相手を嘲笑する、軽蔑する、あるいは不敵な態度を示す際に用いられます。冷笑や皮肉のニュアンスを伴うことが多く、相手の言葉を信じず、あざ笑うように片方の口角を上げる様子を表します。
顔の左右のバランスを崩して笑う動作が、相手への軽蔑や嘲笑といったネガティブな感情を非言語的に表現しています。直接的な言葉による攻撃を避けつつ、態度で感情を示す一例。顔の微細な表情筋の動きが、複雑な感情、特に嘲笑や軽蔑といった否定的な感情を伝える手段となることを示しています。
例文: 彼は私の提案を聞いて、片頬笑いを浮かべた。
【まとめ】空気を読む自由なコミュニケーションスタイル

頭部や顔の表情、感覚にまつわる表現は、感情を直接的な言葉ではなく、微細な動きや生理的反応を通じて間接的に示す日本語の特性を浮き彫りにしています。「顔を曇らせる」や「眉をひそめる」は、感情を露わにすることを避ける日本文化の傾向を反映しており、相手に「察してもらう」ことを重視するコミュニケーションスタイルのよい例といえるでしょう。
また、「鼻を打つ臭い」のように、五感が感情や記憶と強く結びついて言語化される点は、日本語が五感をいかに繊細に捉え、それを内面的な経験と結びつけて表現するかを示しています。感情、音声、呼吸にまつわる表現は、感情が引き起こす無意識的な生理的反応を具体的に捉え、「舌打ちする」や「歯噛みする」は不満や苛立ちが身体に現れる様子を示し、「固唾を呑む」や「欠伸を噛み殺す」は緊張や抑制といった感情が呼吸や生理現象に影響を与えることを知らしめます。
これらの表現は、感情の抑制が重視される日本文化において、それでも漏れ出てしまう本音の表現として重要です。感情の抑制と表出のバランスが日本語の感情表現の深みを形成し、多彩で自由なコミュニケーションを可能にしています。