イザナギとイザナミの名は、一般的には「誘う男」(いざなき)と「誘う女」(いざなみ)を意味するとされますが「凪(なぎ)」と「波(なみ)」に由来するという説も存在します。立てば、世界を創造した二神が、海の状態を象徴しているという興味深い解釈が浮かび上がります。
- イザナギ(凪): 穏やかで静かな海面、すなわち「安定」した状態を象徴する。
- イザナミ(波): 揺れ動き、時に荒々しい「変化」を象徴する。イザナミの死は、その不安定な要素が死と結びついたことを示唆している可能性もある。
一方、イザナギの鼻から生まれたとされるスサノオは、泣きわめいて山や河、海に災害をもたらしたという記述から、嵐や暴風雨といった「荒れ」を司る神格と捉えられています 19。
このように、イザナミ(波)とスサノオ(風)がどちらも自然界の荒ぶる力と結びつけられる神である点は、古代の人々が自然現象をどのように神話として表現したかを示す象徴的な関係性であると考えられます。
スサノオが「地下」に追いやられた理由
神話の記述を正確にたどると、スサノオが向かったのは永遠の死者の国である「黄泉の国」ではなく、「根の堅州国(ねのかたすくに)」です。
彼は、高天原で乱暴を働き、アマテラスを天岩戸に隠れさせるという秩序を乱す行為に及んだため、神々によって追放されました。しかし、これは単なる罰則だけでなく、スサノオ自身の強い意志によるものでもあります。彼は追放の際に、生みの母であるイザナミが住む根の国へ行きたいと願っていたからです。
この「根の堅州国」は、民俗学者・柳田國男の説では、沖縄の海の彼方にある理想郷「ニライカナイ」と同根であり、本来は死者が蘇る「再生の国」であったと考えられています。したがって、スサノオの根の国行きは、秩序を破壊した「荒ぶる神」の追放であると同時に、新たな世界での「再生」を求める旅であったと解釈することができます。
「封じ込め」と突発的な災害の関係性

ここで「地下に封じ込めることによって、かえって突発的な災害が起こるのではないか」という懸念が湧いてきます。それは、私たち現代人がありとあらゆる有害物質を地下に埋め込んで、その上で生活している後ろめたさも感じる人間も居るからです。
鍬を一振りするだけで、土中のどれだけの生命を絶やしてしまうのか想像したことがあるでしょうか。それでも生き残った他の生物が亡骸を分解して土に換え、その土がまたあらゆる命を育みます。それが根の国の再生なのかも知れません。ただ、過剰に地球を損なってしまうと、相応のリアクションがあるでしょう。
鎮魂と和魂の要石
古代の人々は、自然災害をもたらす荒ぶる力を持つ存在(荒神)を、単純に破壊するのではなく、その力を「鎮める」ことで制御しようと考えました 。鎮められた力は、災いを防ぐ守り神、すなわち「鎮魂」や「和魂」として現世に恩恵をもたらすと信じられていたのです。
この思想を象徴する具体的な事例として、鹿島神宮と香取神宮の「要石」の伝説があります。この伝説では、地中に潜む巨大な大鯰が暴れて地震を起こすため、神々が要石を打ち込み、その頭と尾を押さえつけることで地震を鎮めたとされています。これは、災いの源となる力を封じ込め、その場所を守り神の聖域とする信仰が古くからあったことを示しています。
スサノオの正体
スサノオも同様に、高天原では「荒ぶる神」として追放されましたが、地上ではヤマタノオロチを退治して人々の災いを払う「英雄神」へと神格を変貌させました。そして、八坂神社をはじめとする多くの神社で、災いを退け、疫病から人々を守る「厄除けの神」として広く信仰されるようになりました。
すなわち、スサノオは「地下に封じ込められた」のではありません。「圧倒的なパワー(自然)を地中で抑制して、その力を理解し、人々の暮らしに役立てる」という古代の信仰の象徴であり、スサノオ伝説は巧みに表現された神話と考えることができます。
【まとめ】イザナギ・イザナミの名の由来とスサノオの待つ理想郷

イザナギ・イザナミの名には「凪と波」に由来するという説があります。これは、スサノオが「風」を象徴する神であることと合わせ、自然界の要素が神格化されていることに他なりません。
また、スサノオが「地下」に追いやられたのは、「黄泉の国」ではなく「根の堅州国」です。「根の堅州国」とは、死者が蘇る再生の国であり、沖縄地方でいわれる理想郷「ニライカナイ」との説もあります。
したがって、スサノオは地下に「封じ込め」られたわけではなく、荒ぶる神を鎮め、その力を逆に利用する」という日本の信仰(鎮魂・荒魂信仰)につながります。鹿島神宮や香取神宮の要石、厄除け・疫病退散の神としてスサノオを祀る八坂神社など、神話から複合的に受け継がれた信仰は、今なお大きな力で人々の暮らしを護っているのです。