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【旧仮名遣い】失われた日本語「ゑ」の歴史~「え」と「へ」の違いと使用例保存版

日本の歴史
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「ゑ」は、旧仮名遣い(歴史的仮名遣い)で使われていた仮名で、平安時代中期以前の表記に基づいています。1946年に現代仮名遣いが導入されるまで使用され、その後「え」に統合されました。  過去には動詞や名詞、固有名詞などで広く使われ、現在もヱビスビール(片仮名表記)で見られます。

本稿では、なぜ「ゑ」が消滅したかを歴史的に考察し、現代仮名遣いの「え」と「へ」との区別について明確な分類表を提示します。本記事が仮名遣いで迷われる方の標となり、総理大臣が「七面倒臭い」と言った日本語・日本文化を理解する一助となれば幸いです。

「ゑ」と「え」の違い

「ゑ」は、旧仮名遣いの一文字として、平安時代中期より前の日本語表記を基準とした仮名遣いです。この表記法は第二次世界大戦まで標準的に使用され、1946年に現代仮名遣いが導入されるまで続きました。

旧仮名遣い(歴史的仮名遣い)は、藤原定家が編纂した『新勘状』(鎌倉時代)や、契沖が1693年に著した『和字正覧抄』に基づく「定家仮名遣い」が基盤となっています。これらは、平安時代の音韻体系を反映したもので、特に「ゑ」は「え」と区別される音として扱われていました。

厳密な発音は以下になります。

わ行の 「ゑ」は[we]

あ行の「え」は[e]

や行の「え」は[je]

現代では、わ行の「ゑ」とや行の「え}はあ行の「え」に統合され、日常的な区別はほとんど見られませんが、古典文学や特定の固有名詞でその名残が見られます。

「ゑ」の変遷

 「ゑ」の片仮名表記は「ヱ」と書きます。どちらも漢字の「惠」の草書体から創られました。しかし、発音の変化や表記の簡略化が進み、特に口語化が進んだ現代日本語では区別が曖昧になったため、日常的にはあ行の「え」に統一されています。

奈良時代(710~794年)

奈良時代には「ゑ(ヱ)」は「we」 と発音され、「ゑ」を表すための万葉仮名として咲・面・廻・恵などが用いられました。以下にあ行の「え」や行の「え」との比較表を提示します。

ゑ(わ行)え(あ行)え(や行)
発音weeje
漢字表記咲・面・廻・恵衣・依・愛・榎兄・江・吉・曳・枝延・要・遥・叡

また、合拗音という漢字音があり、「クヱ」「グヱ」が、それぞれ [kʷe] 、[ɡʷe] と発音され、「ケ」や「ゲ」とは区別されていました。

平安時代(794~12世紀末)

平安時代に入ると、あ行の「え( e )」とや行の「え( je )」が合流するものの、わ行の「ゑ(we)」は別でした。下記は、当時の文字体系を反映したいろは歌(11世紀中期~後期成立)です。

いろはにほへと

ちりぬるを

わかよたれそ

つねならむ

うゐのおくやま

けふこえて

あさきゆめみし

ゑひもせす

一方、寛智による『悉曇要集記』(1075年成立)では、や行の「え」と、わ行の「を」が省かれています。このことから、あ行の「え( e )」とや行の「え( je )」は10世紀後半以降に同音になったと思われます。その経緯は、あ行の「え( e )」の発音が 「え( je )」 に変化していったものと見られています。以下は片仮名表記の一覧表です。

また、行音が行に発音される現象(ハ行転呼)が見られ、語中・語尾の「ヘ」の発音が [ ɸe ] から[ we ]に変化し「ゑ」と同音になりました。これにより、語中の「へ」と「ゑ」が混同され区別を失うものも散見されるようになります。

鎌倉~室町時代頃(12世紀~16世紀)

鎌倉時代に入ると「ゑ」と「え」の混同が目立つようになり、13世紀に入るとほぼ統合します。先の、あ行の「え」が、や行の「え( je )」に変化していったのと同様、わ行の「ゑ(we)」もまた「え( je )」に吸収されていったのです。や行は、日本人にとって発音しやすいのかも知れません。

その他、ハ行転呼や漢字音の「クヱ」「グヱ」が「ケ」「ゲ」に合流するなど、仮名遣いに動揺が見られるようになったため、藤原定家(1162~1241年)は『下官集』の「嫌文字事」において、60ほどの語例について仮名遣いの基準を示します。しかし、本来は「へ」である「行方」(ゆくへ)が「ゆくゑ」とされたり、本来は「ゑ」である「絵(ゑ)」が「え」に、「故(ゆゑ)」が「ゆへ」、「植ゑ(うゑ)」が「うへ」、「酔ふ(ゑふ)」が「へふ」とされるなどの誤表記も少なくありませんでした。

南北朝時代(1336〜1392年)になると、行阿が対象語数を1000語以上とした『仮名文字遣』を著します。以後『仮名文字遣』が「定家仮名遣」として広く普及します。特に、和歌の世界で使われましたが、それ以外の分野では「ゑ」「え」「へ」の混同が多く見受けられます。室町時代後期(16世紀)のキリシタン資料では、わ行の「ゑ」あ行の「え」や行の「え」はいずれも語頭・語中・語尾に関わらず 「ye」 で書かれています。

江戸時代

江戸時代の契沖(1640~1701年)は『和字正濫鈔』(1695年)を著し、上代文献の具体例を基に約3000語の仮名遣を明らか にして、上代仮名遣いへの回帰を主張しました。

また、本居宣長(1730~1801年)は『字音仮字用格』(1776年)を著し、「クヰ」「グヰ」「クヱ」「グヱ」はそれぞれ直音の「キ」「ギ」「ケ」「ゲ」に統合させました。本居宣長が『字音仮字用格』を著した18世紀中頃には「え」や「ゑ」の発音が、や行の「 je 」から、あ行の「え( e )」に変化して現代と同じになっています。

明治~昭和時代

大日本帝国時代の明治6年(1873年)、契沖の『和字正濫鈔』を基に歴史的仮名遣いが『小学教科書』に採用されます。これによって、歴史的仮名遣いが広く普及し、一般的に使用されるようになります。また、字音仮名遣いは本居宣長の『字音仮字用格』を基本としました。

大東亜戦争敗戦後の昭和21年(1946年)、文化庁により表音式を基本とした『現代かなづかい』が公布されます。これにより、歴史的仮名遣いの「ゑ」は全て「え」に書き換えられ、「ゑ」は使われなくなりました。

平成~令和現代の用法

現代仮名遣いでは、通常「ゑ」が用いられることはありません。ただし、人名など固有名詞における命名や改名に「ゑ」「ヱ」を使用することは自由です。

日本神話の七福神のひとり「ゑびす」様、パッケージにエビス神が描かれた「ヱビスビール」や「ヱヴァンゲリヲン」などが有名です。ヱビスビールはローマ字で「YEBISU」と表記しますが、これは幕末から明治初期、「エ」と「ヱ」が、どちらも[  ye ] と書かれていたためです。また、沖縄方言の表記には「ゑ」が、アイヌ語のカナ表記にも「ヱ」が使用されています。

歴史的仮名遣い(旧仮名遣い) 「ゑ」と「え」「へ」の使い分け

以下は、歴史的仮名遣いに基づいた「ゑ」と「え」の名詞・動詞・形容詞の区分表です。

名詞餌(ゑ)絵(ゑ)靨・笑窪(ゑくぼ)穢土(ゑど)槐(ゑんじゆ)礎(いしずゑ)梢(こずゑ)声(こゑ)末(すゑ)陶(すゑ)机(つくゑ)杖(つゑ)巴(ともゑ)故(ゆゑ)所以(ゆゑん)柄・枝・江(え)干支(えと)胞衣・胞(えな)榎(えのき)愛媛(えひめ)烏帽子(えぼし)覚(おぼえ)庚(かのえ)甲(きのえ)戊(つちのえ)丙(ひのえ)壬(みづのえ)肥(こえ)凍(こごえ)心得(こころえ)栄(さかえ)栄螺(さざえ)鵺(ぬえ)稗・冷・日枝・日吉(ひえ)孼(ひこばえ)笛(ふえ)見栄・外見(みえ)
動詞抉る・刳(ゑぐる)酔ふ(ゑふ)笑む(ゑむ)彫る・鐫る(ゑる)描く(ゑがく)植ゑる(うゑる)飢ゑる(うゑる)据ゑる(すゑる)※①得る(える)・心得る(こころえる)※②※③癒える怯える・脅える覚える消える聞こえる超える・越える栄える費える・潰える煮える映える冷える吠える見える燃える
形容詞ゑぐし

※①上記の植ゑる・飢ゑる・据ゑるは、ワ行下二段活用の動詞であり、未然形、連用形、命令形において「ゑ」が用いられます。

※②はア行下二段活用、※③以降はヤ行下二段活用になり、これらはすべて「え」が用いられます。 

以下は文語文法におけるア行下二段活用・ヤ行下二段活用・ワ行下二段活用の活用表です。

ア行下二段活用(得・心得)ヤ行下二段活用(癒ゆ・怯ゆなど多数)ワ行下二段活用(植う・飢う・据う)
未然形
連用形
終止形
連体形うるゆるうる
已然形うれゆれうれ
命令形えよえよゑよ

なお、上記以外のケースは、ほぼ「へ」を使います。

【まとめ】「ゑ」という文字を失った代償

「ゑ」の歴史は、日本語の音韻変化と表記法の進化を反映しており、旧仮名遣いの重要な要素でした。過去の使用例からは、動詞や名詞、固有名詞など多岐にわたる用途が確認でき、現在でも一部の文脈でその影響が残っています。この変化は言語の簡略化と標準化の一環と見なされ、現代日本語への理解に寄与する重要な歴史的資料です。

ただ、簡素化・合理化が叫ばれた結果、総理大臣の「日本語は七面倒臭い」発言など、高度な日本文化への現代人の理解力不足が懸念されます。

使わなくなった音便は、始めから無かったかのように脳から消去されるでしょう。一つの文字を失うことは、回路を一つ閉ざすことにも匹敵します。歴史の変遷には理由があるのです。決して軽視できるものではありません。大切に継承していきたいものです。

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